Linuxとの出会いは私が高校2年生だった2005年にまで遡る。時期は6月であった。梅雨の雨のなか貯金をはたいてSHARP製のZaurusというモバイルパソコンを買った。それは、電子辞書のようにコンパクトでターミナルが付いており、パッケージをインストールすればウェブサーバになるというような代物だった。
このオモチャに私は惚れ込んでしまった。また、その当時自作でパソコンを作る機会に恵まれてフリーOSであるLinuxのディストリビューションをインストールしたものだった。確かFedora Core2だったと記憶している。
それからの6年間私は、Windows環境とLinux環境が混じるなかで生活してきた。Linuxを始めるきっかけはもっぱらZaurusというモバイルだったが、次第にLinuxというOSに興味を惹かれる要素をたくさん発見する事となる。
それは、GNUプロジェクトのGCCというコンパイラであったりPerl言語であったりその他PHPやRubyの開発環境を無料で手に入れられるという事実であった。Windowsというプラットフォームのみでそれまでパソコンに触れてきたためか、ソフトウェア=有料というイメージが頭のなかにあった。なのでソフトウェア=無料という図式に驚いた。なぜ、今の今までこんな環境があることを知らなかったのかという事に後悔した。
だが、後悔している暇があるのであればLinuxのことをもっと深く知りたいという気持ちへ切り替えこのOSでどんな事が出きるのかという事を考え始めた。
2006年冬。私は、玄人志向という会社の玄箱というLinuxベースのNASを目にした。
当時外付けHDDをネットワークに構築してTCP/IPでNASにするという事が流行っていた時期のことであった。
私はこの商品を見た瞬間、購入意欲が高まり、その3日後には手にしていた。まさに興味の矛先がLinuxベースという組み込みLinuxに向かった瞬間であった。
玄箱はそのメーカ玄人志向というだけあって素人では手に負える代物ではなかった。扱い方が半端なく難しい。だが諦めるなかれ、手にしたからには否が応にも玄箱を攻略してやるという強い意気込みで望んだ。
そして私はアプローチの方法を変えたのだ。玄箱を買った時は特定のウェブサイトでどんな事が出きるのかということしか注目していなかった。だが今度は玄箱をハックしようという書籍を購入し、その手順通りに環境を構築しようと考えた。
それが正解だった。ネットにかかれている情報は確かに興味深いが基礎的なことが書かれているということではなかった。少々知識の敷居が高かったのだ。それに比べ書籍等を読み、補足説明等を熟読すればある程度の知識が身につき、それが技術として(=ターミナルを操作する)現れてきた。
結果ウェブサーバの構築に成功したし、メールサーバの環境も構築できる技術が身についた。
これでやっとサーバというものは何なのか、またLinuxを操作するという事はどういうことなのかを身をもって体験できたという訳である。
そして玄箱の中でターミナル操作を覚えた私は、この玄箱のカーネルをDebianカーネルへと移行した。
すると、どうだろうDebianというOSの使いやすいさたるや玄箱に標準で付いているMontaVistaLinuxとは比べ物にならない程良いではないか。
愕然としたものだった。これほどディストリビューションの違いによって操作性が変わるのかと…
確かにFedora Coreのディストリビューションでもyumが使えたということから一時は玄箱のOSをFedoraにしようとも思った。だが青天の霹靂Debianの使い方を学ぶことになろうとは当時の私には想像できなかった。
さて、話は玄箱で何をしていたかということに戻る。
ひとつ、Apache2でPHP環境を構築してウェブサーバを構築→ブログを構築
ふたつ、Postfixでメール鯖環境を構築して独自のメールアドレスを取得
以上の2点であった。その他、時々GCCにてC言語を勉強したりPerlでスクリプトを組み遊んでいたんだ。
私のLinuxの歴史を振り返ると6年になる。この期間でできたということは2つ、ウェブサーバを構築した事とメールサーバを運用した事の2点のみである。
細かなことをもっと書くなら切りがないので今回は割愛しておく。
ウェブサーバに興味を持ったことがきっかけで、今年2011年からはLinuxの新たな学習のスタートが切れそうな気がしてならない。
以上、私のこれまでのLinuxの歴史でした。